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家松人語 平成12年

当山第廿五世眞誉昌之上人が、寺報「家松(かしょう)」に毎月掲載したものです。

家松人語 平成12年12月号 第64号 

二十世紀も終わりを遂げようとしている。『ちから健(たけ)く励む』と誓った一年ではあったがあっという間に過ぎ去った気がする。その足跡たるや何を残しては来たのだろうか。
 しかし、浄土宗では、宗歌(つきかげ)宗紋(ぎんよう)は既に制定されていたが宗旗はなかった。
 そのことを大徳寺山主が、今春の三月浄土宗議会で提案し要望した。その結果、浄土宗宗旗が今世紀最後の今年制定されることになった。
 浄土宗にも大きな足跡を残すことができたことは喜ばしいこととなった。
 更には、弟子が今秋に真福寺廿四世を継承する晋山式が挙行されたことも歴史に残ることであった。
 皆それぞれ嬉しいこと悲しいことの思いであることと思う。
 また、苦しみぬいてこられた人もあることだろう。
 人間は皆、煩悩愚息凡夫なる故である。嬉しい楽しい思いばかりではない。
 人に迷惑をかけずとも、小さな罪科を残してきたこともあろう。
 善導大師は、『常に懺悔せよ』多くの書で残しておられる。
 「私の往生は、私一人には違いないが、皆に支えられて成長してきた自分である。多くの人々との憂い悩み、その惑いから生じる多くの乱れ苦しみをとり除き、諸共に往生せん」とある。
 心から懺悔し、願往生心を起こし、暖かい感激がほのぼのと感じとられてくる気持ちで新年を迎えよう。

家松人語 平成12年11月号 第63号 

秋ともなると、浄土宗のお寺では多く五重会が開莚される。この法会は浄土宗のみの檀信徒における修行の場である。お釈迦様により、仏教がこの世で生まれ、人間の苦しみをいかに解脱(げだつ)していくかの方法をいろいろ示されている。
 浄土宗を開かれた法然上人は『ただ一向に念仏すべし。仏の本願に順ずるが故に』と教えられたのである。
 お念仏『南無阿弥陀仏』を唱えるというは「阿弥陀仏に依りすがり、帰依することであり、お助け下さいと幼子が母を求め、名を呼び続けることと同じである。」それは、何故か。
 この意味を自分のものとし、日々お念仏を申し続ける修行を重ね、生き生かされる日暮らしを送り、真の仏弟子として再出発する人生の礎を会得する機会、信仰修行の場と理解して間違いはない。
 作家の佐藤愛子さんの父は、病気で長く苦しまれていたが、ある時お念仏を申されてから「痛い、苦しい」という言葉を言われなくなったという。
 佐藤さんは、『女性セブン』の中で「南無阿弥陀仏って一体なんだろう。……父は最後苦しみもなく、大往生した。」と語っておられる。
 法然上人は「げにげにしく念仏を申してはいけない」と言ってられる。
 うわべだけ真実らしい態度ではなく真実の念仏をせよと教えておられる。
 このことは、常に至誠心(素直なこころ)をもってお念仏を申すことである。
 若い夫婦が、いまも隣寺で五重に入行し欠席なくお念仏を申している。 

家松人語 平成12年10月号 第62号 

 先日こんな話を聞いた。
 小学校一年生のお姉ちゃんが、学校からの帰りに誤って壁に手をついてしまった。丁度家では壁の修理をされていたのである。それを見た四歳の弟が、すぐに壁屋さんの所に行き、「お姉ちゃんは無理とつけやったのと違う。怒らんといてや。内緒でコチョコチョと直してやって。」壁屋さんは、姉思いの弟の素直な気持ちに涙の出る思いをしたと言われていた。
 高杉晋作の歌に『面白き事もなき世を、面白く住みなすものは、心なりけり』と詠んでいる。
 大方の人間は、我執や思いあがりの心があり、世間を暗く、うるさいものにしている。
 人の悪口、陰口を絶え間なくするのが世の中に多い。
 お釈迦様は「人は座して黙するをそしり、多くを語るをそしり、少し語るをそしる、凡そこの世にそしりを受けざるはなし」と教えています。
 むきになって腹を立てたり、弁解するより、この四歳の子供のように、素直な気持ちになることが大切である。
 壁屋さんのように、子供の気持ちをあっさり受け取って、それを許していける心が大切なことである。
 人には、それぞれの考え方、受けとめ方もある。それを許していけるように、自ら心がけたいと思うのである。
 日々のお念仏の相続こそ、凡て私を磨いて下さる阿弥陀様の声として受けとめ精進することであろう。
 お十夜もまたここにある。 

家松人語 平成12年9月号 第61号 

「念ずれば花ひらく」という有名な詩があります。
 熱心な仏教徒である板村真民さんの詩です。作者の板村さんによれば、この『念』は「断定の想念」だといいます。
 つまり、「平和であるように」との祈りをこめたものでなく、「必ず平和になる」という祈りなのです。
 いま、私たちの日本では、連日、凶悪な事件や無責任なミスから起きた事故が報道されています。
 カネのために我が子に保険金をかけて殺す母。十七歳に象徴される若者たちの理由なき殺人。自殺にまで追い込むような陰湿ないじめなどなど。心を暗くするニュースばかりです。
 日本は何時からこんなに命を粗末にするようになったのでしょう。
 私たちの生きている現代は、紛れもなく法然さまの生きておられた時代と何ら変わらない末法の世の気がします。
 仏教のお釈迦様の教え、実践原理は『不殺生・殺すなかれ』です。
 「いのち(生命)」はご先祖から子孫に流れる尊いものなのです。
 この自覚を皆がもち、各家庭で育む姿勢が今求められているのではないでしょうか。
 今月は、秋のお彼岸です。
 幼き子もお年寄りも一家家族で、ご先祖さまのお墓にお参りし、「ご先祖の血(生命)が、今、ここにある」と自覚を再確認して頂きたいと思います。
 板村さんの「断定の想念」で「殺すなかれ・命を大切に」と「必ず平和になる」の願いを込めてお彼岸を迎えましょう。  

家松人語 平成12年8月号 第60号 

 私たちは今、歴史上かつてないほど繁栄の中で生活しています。
 各家庭では、あらゆる電化製品が溢れ、それでもまだ足りず、より快適で、より便利にと人間の欲望は尽きることを知りません。例えば食料です。
 昨年の十月の統計では日本の穀物食料自給率は二十五%でした。四十年前で約八〇%であったのがぐーんと低くなり、世界一七八カ国の一三〇位です。
 人口が一億人を超える大国十カ国で日本以外の九カ国は最低でも八四%(ブラジル)です。日本の自給率の低さは際立ってます。そうした環境の中で、日本人は年間一千万トン以上の生ゴミを放出しています。
 台所のゴミ、コンビニの売れ残り弁当、料理の食べ残し、賞味期限切れの食料品等々年間の米生産量に匹敵するほどの食料を捨てながら生活しています。
 このように、私たちの犠牲になって無残に捨てられていく、かつての生き物たちの悲鳴が聞こえてくるようです。
 弱い命を破棄しながら何ら恥じることを知らない私たちの暮らしです。
 わが国では、一ドル三六〇円の時代から今はその三分の一以下、つまりその頃より三倍以上の金持ちになったのですが豊かさの実感が湧きません。物の豊かさや有難さ、感謝の心も忘れて、金が最上の幸福と思い込み、厚顔無恥な銭餓鬼の出現と思えてなりません。この有様は、顔は人間の仮面を被っていますが、阿難さまの見た餓鬼の姿そのままです。
 欲しい欲しいの欲望の深さが生きながら餓鬼の心を作ってる気がします。
 お盆です。ご先祖に施しをしましょう。 

家松人語 平成12年7月号 第59号 

先日、飲酒運転をして渋滞の車に追突し、その車は炎上し、幼い子供二人を死亡させた悲しいニュースが報道された。
 追突したトラックの運転手は、飲酒を指摘されても平気で運転したという。
 その上、追突した時、急に停止したお前が悪いとどなり散らしたとも報道されていた。
 交通事故などを起こした時、警察ではその原因となることを調べられる。
 スピードの出しすぎ、わき見運転、同乗者と話に夢中になっていた、もの思いや考え事で運転に集中できなかった、酒を飲んでいた等々、事故に結びつく原因はさまざまあり、運転者はその原因に思い当たり「あの時もうちょっと気をつけていれば」と悔やみきれない思いをさせられる。
 『因果応報(いんがおうほう)』という言葉がある。
 「ある原因によって、それに応じた結果が報いとして生ずることをいっているもので、善い因には善い結果が、悪い因には悪い結果がその報いとして生じてくるものだということである。
 善いことをしても報われない、あれだけ悪いことをしても悪果となってこないと話を聞くこともある。
 しかし、それは表面上のことで、悪いことをしていれば、心は常に不安やうしろめたさで安楽な状態にはなれないものである。
 逆に、善いことをしていれば、心の満足感や不安があるものだ。
 やはりそれなりの報いはあるものなのだ。善い行いを常に心がけよう。

家松人語 平成12年6月号 第58号 

大河ドラマ「葵徳川三代」を楽しみにされている方は、結構多いのではないかと思う。私は、日曜日はことの外、多忙のため夜は疲れ切ってその時間、ドラマを観ながら眠ってしまうことが多い。
 だが、その後のBSでの再放送で結構楽しまさせて貰っている。
 浄土宗大本山東京芝の増上寺は、徳川家ゆかりの寺として有名である。
 しかし、家松山大徳寺も徳川家はもちろん、その以前から深い因縁を持ちそなえているのである。以前に再々登場していた豊臣家家臣五奉行の一人、長束正家は、大徳寺以前の浄慶寺時代には寺に尽くされた方であった。当山のお内仏の阿弥陀さまは、当時、岡山城であった長束家の守護仏といわれている。ドラマからして、あのような髭武者の人であったか誰も知るよしは無いが懐かしさを覚える。その実子が第三代目の住職で、還誉岌閑(げんよきゅうかん)和尚である。この上人が、徳川三代家光公と親交が篤く、たびたび大徳寺にも来られ親筆も残された。
 詠唱の鈴の房には、葵のご紋が付けられている。鈴の音と共に揺れる葵のご紋は、水戸の黄門様の印籠のようで、当時を懐古することしばしばである。
 大徳寺の山紋に残る「葵」のご紋をみて、大河ドラマと重ね合わせて当時を偲んでこれまた、懐古できるのである。
 葵に結ばれる縁は、浄土宗の場合、徳川家の恩恵をこうむり、そのまま「南無阿弥陀仏」のご縁と言えるのではないかと思っている。大徳寺の山門には、四百年の葵のご紋が輝いている。 

家松人語 平成12年5月号 第57号 

 今から、二百年の昔、江戸末期の文化文政の頃、人々の間でこんな歌が歌われたという。「徳本は甲斐の名医に紀の行者」というものである。その頃「徳本」という二人の有名人がいた。
 一人は山梨県の漢方薬の名医で、もう一人は和歌山県の生んだ名僧であった。
 名医は、永田徳本といって今に伝わる「はり薬トクホン」で有名である。
 紀の行者の徳本は浄土宗の名僧で、この水口にも滞在され念仏を流布し、多数の名号を残している。名僧徳本上人は、宝暦八年(一七五八)和歌山県日高郡久志の農家の長男に生まれた。幼名十助。
 四歳の時、近所の遊び友達が急死した。
 その行方を母に聞いたという。母は「人には誰でも死がある。死者はこの世に決して戻らない。もし死ぬのが怖かったら、念仏を称えて阿弥陀仏にすがることだ」と教えたという。この教訓が、十助を念仏行者に育てたのである。
 ある冬の雪の降る日、一人の老翁が訪れ、十助の顔をしげしげと眺め一枚の紙を渡した。これが法然上人の一枚起請文だった。これを首から下げて生涯を一枚起請文で貫かれたという。
 いろんな人に何を尋ねられても「わしは何も知らん。ただ知っているのは、念仏を申し続けて極楽に往生することだ」と鉦を叩いて念仏されたという。
 法然上人の御忌法要も総大本山では終わった。当山は今月である。徳本行者のようにお念仏を信じ、声を出して申し続けていきたいものである。徳本上人は文政元年六十一歳で大往生を遂げられた。

家松人語 平成12年4月号 第56号 

四月になれば小学一年の入学の時を思い出す。当時は戦争の激しい時で、何事にも耐え忍べと教えられたのである。
 担任は、故吉汲いと先生で、宇川の称名寺の坊守さんであった。
 子供こころに、躾の厳しい先生であったことを記憶している。
 四月は、保育園・幼稚園から大学に至るまでの入園・入学が始まる。
 皆それぞれが、希望を持ち、心をときめかしているにちがいない。
 会社などでは、入社式に着任式もある。
 三月末から四月初旬にかけては、悲しみと喜びのキャッチボールのように別れと出会いが同時期に訪れる。
 人生もまた出会いと別れの繰り返しでもある。
 「春の来ない冬はない」とよくいう。
 厳しい冬の寒さに耐えてこそ春の陽の明るさと暖かさをより一層感じるのではあるまいか。
 人生にも、苦あれば楽。悲しみの後には喜びがある。苦しみや悲しみに打ちのめされ、流す涙が多いほど、その後に訪れる喜びや楽しさがより深く味わえると信じたい。
 何といっても、子供は「尊い宝」だ。
 宝であればこそ入園入学には「何が欲しい」「おじいちゃん、机が欲しい」
 何も言わずに、目を細めてお祝いもしてやる。
 わが家でも、初孫が小学一年生となる。
 親も祖父母も皆なで祝福して送り出す。
 孫が大きく成長するまで、長生きしたいと願うのは私だけの欲望だろうか。

家松人語 平成12年3月号 第55号 

はや春彼岸を迎える。この期間に仏教徒は六波羅蜜行をして、この世で悟りを開く菩薩行をして徳を積めとある。
 その六行の最初が布施行である。
 これは財施(お金や物での施し)も大切だが「人としての心を顔・目・耳・口・手・足など全身にて散りばめる布施」も大切であると説かれています。
 ①心を顔に運んで、笑顔にしよう。
 ②心を目に運んで、やさしいまなざしにしよう。
 ③心に耳を運んで、人の話を聞いてあげよう。
 ④心に口を運んで、やさしい言葉で話そう。
 ⑤心に手を運んで、さっと手を貸してあげよう。
 ⑥心に足を運んで、ささっと動いてあげよう。
 ⑦心に心を運んで、相手と同じ気持ちを分かち合おう。
 お金や物の布施より難しいかもしれませんが、誰でも何時でもできるプレゼントばかりです。
 最近は「人の情というものが分からない時代だ」「世の中、人情がなくなった」と人情の欠如を嘆き続けると、自分の心の方がどんどん老化していきます。
 七つの福を生む心のお布施。
 人から笑顔をもらえなくとも、自分から笑顔のお布施をしてみてはいかがでしょうか。
 今、生かされている身で、心の布施行をするのがお彼岸です。
 布施は、心の杖なのです。 

家松人語 平成12年2月号 第54号 

 一月に入って寒さが急におしかけてきた。と共に、ばたばたと檀信徒の方がお亡くなりになった。
 癌のために、満四十九歳でこれからという人生所帯盛りの女性。全て成しおえて、もう人生を十分に全うしたとお念仏を申しつつ、満九十六歳をもって大往生を遂げられたお婆さん。かと思うと、急に病魔の襲う身となって、一人静かに去って行った満六十九歳の男の人。皆あなた任せの身。諸行無常である。
 さて、日本はかつての厳しい食料事情に比べ、今や飽食にどっぷり浸かって、生命維持のために食するのに、余りにも過分の食生活を満喫している。
 その為に、栄養過多となり病気に打ち勝てなくなってしまっているのではないかとさえ思える節もある。
 ところで、私たちはお腹を満たすべくして何でも口に入れて、やたらに食をとっているわけでもあるまい。
 頭を使い、栄養価やバランスなど、体に良い条件を考え、その材料から十分、慎重に吟味し、間違っても不消化なもの、体に良くないものは決して摂取していないことは当然であろう。
 この身を過信することなく、体をいたわって、生かされている身でお念仏申しつつ励み続けることが、涅槃月を迎えたお釈迦様の遺言でもあろう。

家松人語 平成12年1月号 第52号 

おめでとうございます。
 『新年の 年のはじめに 高らかに 声あらためて ナムアミダブツ』
 テレビの『ゆく年くる年』で知恩院の鐘がでておりました。何ともいえぬ響きで、重々しい音が心に響く思いがした。
 昨暮ある人に、「年行事の時は、熱心にお寺に出向き、お世話して下さったのに、今年は一度も顔が見られませんだなあ」と言ったら、「それが忙しゅうて」との返事であった。
 「仕事が忙しい」「子育てで大変」「まだ寺へいく、そんな歳じゃない」「まだ信仰心がないから」などの理由を言って、寺参りしない人が実に多い。
 除夜の鐘を百八叩いたので、これでよし。寺参りの方は第三だと考えてられるのかも知れない。
 人間の心は、実に弱いものだ。煩悩を一度消したとしても、また泉のごとく沸きでるものだ。ホコリや垢と同じだ。
 一度綺麗にしても知らずしてまたたまってしまう。煩悩も同じで、いつの間にか心が汚れてしまっている。
 法然上人は「心を静め、妄念を起こさずにお念仏をしようと思うのは、生まれつきもっている目や鼻を取ってから念仏しようと思うのと同じだ」と言っておられる。
 寺へは参れなくとも、今年こそ、背伸びせず、あるがままの姿で、おおらかに、声高らかと、家族みんなで、良き年でありますようにと、お念仏を申し続けてほしいものだ。
 ご多幸とご精進を祈念する。合掌

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