top of page

家松人語 平成14年

当山第廿五世眞誉昌之上人が、寺報「家松(かしょう)」に毎月掲載したものです。

家松人語 平成14年12月号 第88号 

早いもので、師走を迎えた。最近とくに心のゆとりをなくしている精か、一週間、一ヶ月があっという間に過ぎ去ってしまう。
 この時期を迎えるとあれこれやっておきたいと気がせくばかりである。
 毎年のことであるが、この時期となれば、毎年何通か「喪中につき年賀の挨拶をご遠慮申し上げる」のハガキが届く。友人、友人の父母、友人の妻、恩師など多彩の訃報を知る事となる。「しまった。不義理をした。」と後悔するばかりである。
 先日も、近くのお寺に出かける用事があり、ご無沙汰していた友人宅を突然訪問したことがあった。
 定年退職をし、稼業の店をやっているので誰かおられるであろうと思い訪れたが閉じめで留守だった。
 彼の好物を持参したが、留守のため近所の家に依頼して帰った。
 その夜に、奥さんから電話があった。「留守にしてまして失礼しました。実は、主人は今、入院してまして、癌の手術を終えたばかりです。……。」唖然とした。元来は病気一つせず頑丈で、スポーツマンの彼。四月の清浄華院にも、参列し誰よりも喜んでくれたのに。と思うと無性に涙がでた。世の無情さを痛感せざるをえない。皆生き生かされている身である。どんな不幸が我が身に、いつ押しかけてくるかわからない。
 ただ大み親、阿弥陀仏におすがりして、その日その日を大切に、明るく、静かにこの年の瀬を送りたい。

家松人語 平成14年11月号 第87号 

七年振りに大徳寺で五重相伝会を勤め無事成満を終えた。山主にとっては、当山で二回目、通算五回目であった。今回十回の習礼(研修会)をこなし願いを込めて力を注いだ。
 習礼では、何時も八十名以上の出席もみて、受者の方も惜しみない協力を得た。幸い天候に恵まれ、多くの随喜寺院を迎えて厳粛盛大裡の終えられたこと仏天加護と感謝する。
 当山の五重を終えるや天候も不順で急に晩秋を迎え、朝夕の冷え込みも激しくなってきた。互いに体調を崩さないよう気をつけねばならない。
 永い人生の内、七日間の修行と思えば短い日数であるが、受者にとっては苦痛の七日間かもしれない。
 この近辺では見られないが、県内では、一度受けただけでは自分のものとならないと再五重をうける人もいる。古受者の中には、再五重を受けて欲しいと思わざるを得ない人もいるが、これはまた秘話ごとかも知れない。お寺参りをされない人への風刺でもある。
 新受者で五重講となった人も、是非定期法要には寺へと足を向けて頂くことを念願しておきたい。
 今回、気になったことは、古受者の五重講員さんの参詣が少なかった事である。再五重とはいかずとも参詣されて勧誡での法話を聞いて頂きたかったと後悔している。これも教化の欠如かと反省する。説法は良く聞き心を磨くことにあろうと思う。

家松人語 平成14年10月号 第86号 

大徳寺では、年行事の制度がかなり古い時代から続いている。この十月の「お十夜」を勤めて一年間の任務を終えられることとなる。
 当山で五重相伝会に入行された方達を『五重講』といい、その代表世話役員である。
 任期は一年間で、その間の仕事任務は実に多彩で大変である。
 男子は四名、女子は八名の人数と最近なっている。以前は人数も少なかったが五重講員が増えたこともあろう。勿論、五重講員が亡くなられたらお通夜、告別式の参列もある。それ以外に男子では、お墓の枯れ草等の焼却処理や定期法要の仏前奉仕、本堂・控室の準備、年始を迎え門松の準備等々。女子は定期法要参詣者の食事の準備、総出の湯茶接待等々大変なご奉仕をお願いしている。
 女子の方は、二度お世話頂く方もおられるが現在の人数がよいとの事。
 男子の中には体の悪い方は、やりたくても肉体的労働の仕事もあり出来ないとの声もある。以前男の人を一名増やせばどうかと相談したら、息のあった四人の都合の良い日に仕事をすれば良く十分のことであった。男子の講員さんで、一度もされてない方もおられると聞く。
 会計の仕事や寺報等の配布物の用務をお願いする方男子一名増やせば個々の負担もある程度軽減されるのではとの声もある。年行事改選時期を迎えている。今までの年行事さんに感謝し、一考されたら如何か。

家松人語 平成14年9月号 第85号 

いよいよ、長い夏休みも終り、二学期が始まった。日焼けした顔で久し振りに出会う友達と懐かしみ黒んぼごっこをして楽しむ子。学校なんてイヤと駄々をこねる子。親の姿勢が問われる時期でもある。
 先月末の新聞に、小学校での校内暴力や登校拒否が激増の記事が載っていた。われわれ大人には、幼き頃を思い想像つかないものだ。物の乏しい時代に育った我々と物質豊かな現代との時代錯誤を感じる。
 何故?と首をかしげるのは大人のわれわれだけであろうか。
 先日もこんな電話がお寺に入った。
 「今年から棚経参りは結構です。」「お婆さんなぜですか?」「息子に嫁をもらいました。その嫁が創価学会で、皆学会に入らないと結婚しないとのことで。息子も私も仕方なく入会しました。」「お仏壇は?」「嫁が処分しました。」とのこと。
 唖然とした。最近よく聞くことでもある。大徳寺では古い檀徒の別れのお家です。ご先祖様はどう思ってられるであろうと考え寒気がした。
 お釈迦様の教えをくむ日蓮系統の学会です。仏教徒として犯してはならない最罪悪の五逆罪があります。
 その一つに、仏像の破壊誹謗の罪がある。以前には学会は、仏壇を焼却するという話を聞いた。五逆罪の一つを犯している事となる。その嫁は平然と皆を折伏し入会させたという。心豊かな信教の自由が欲しい。
 家での困り相談は早い目にお寺へ

家松人語 平成14年8月号 第84号 

「お盆」です。昼の暑さを忘れ、夜の涼しい風をうけ、一家揃って迎え火を囲み、亡くなった人を懐かしみ思いを抱くのもお盆の一つです。
 しかし、最近はこの迎え火を行う家も少なくなりました。
 私達が今、こうして生き生かされている幸せを感じ、ご先祖のご苦労を思い考える一時が欲しいものです。
 今のような住み良い街になるまでには、多くのご先祖様方のご苦労があってのことではないでしょうか。
 このご先祖様に、心から感謝の気持ちを捧げるのが「お盆」です。
 とともに、私たちの目に見えない人々との連綿とした命に見守られて生かされていることにも感謝することも大切である。
 ただ、ご先祖様だけでなく、有縁無縁全ての方々にご供養することも忘れてはなりません。
 その為にも、「お盆」はお爺さんやお婆さんだけの行事ではありません。孫たちも含め、家族で、お墓やお仏壇のお掃除をなし、精霊棚を飾り真心をこめて、亡くなった人の好物をお供えし、お参りしましょう。
 お寺では、お施餓鬼会などお盆では、六如来を称え、ご回願します。
 その一つに『南無妙式身如来』の偈文があります。『餓鬼のような醜い、嫌らしい姿から美しい姿に導いて下さい』と願うものです。物おしみしない豊かな、心身ともに清らかな慈悲円満の力強さが与えられます。

家松人語 平成14年7月号 第83号 

今年の梅雨は、例年にない寒暖の著しい年も珍しい。前半は暖かい日が続き空梅雨と思わせる日があり、後半には雨続きで肌寒さを感じ、再び春先の衣服をとりだして着込むような日も多かった。
 この変化を敏感に捉え、影響をもたらしているのが、わが庭の蓮である。
 六月の中旬には、早咲きの蓮の蕾が伸び始め開花を迎えたのである。
 ところが、朝の気温の低さで開花を始めたものの例年の綺麗な蓮花をみることなく霜涸れ斑点が花びらにつき、開花の美しさを一向にみせてはくれないのだ。
 特に寒さに弱い蓮は、このような気候には実に敏感といわざるを得ない。
 蓮つくりの大ベテランである渓滋賀教区長も、今年は大失敗だと先日話しておられた。
 私も、この春先はとりわけ忙しくて植え替えも十分でなかったことも事実である。しかし、過去にも、植え替えずにナマクラをしたこともあったが、時期がくれば綺麗な花を咲かせて満足をさせてくれたこともあった。
 「踏まれこぼれし野花さえ、時が来れば花開く」といわれる庭の雑草の花と異なり、我々の心を慰めてくれる綺麗な花ほど、微妙といわざるを得ない。
 今年の蓮の花をみて、表面的な美しさだけでなく、しっかりと根付く心の素材の

家松人語 平成14年6月号 第82号 

去る五月末の境内清掃総出の日のことである。毎回ながら年行事の方も朝早くからご奉仕を頂いている。男子の方は除草物とゴミの処理。女子の方は開山歴代上人墓や英霊塔の除草や湯茶の接待。大変な仕事のご奉仕で感謝を申し上げているところである。
 天候にも恵まれ、境内お墓も綺麗になり心の安堵を感じとっていた。
 ところが、台所で後片付けをされている女の年行事さんの声が聞くともなく耳に入ってきた。「昼から総会もあるので、早くしもうて帰らせてもらおう。あんたも、総会に来るやろう?」「いかへん。何で行かんならんね?」「そら、総会やで来んとあかんで。」「あんたは、大徳寺の主やで、行ったらいいわな。」……。
 この会話で、綺麗になってと喜び、年行事さんの感謝の気持ちも薄らぎ、何となく寂しさを感じたのであった。
 年行事さんは、誰彼とはなれない。
 『日々、生かされている喜びを感じ、共生きの生活で、阿弥陀如来の慈光に縋り、お念仏を申し続けることを生きがいに励むと大み親にお誓いされた五重を受けられた方に年行事は限られている』大徳寺は、誰のものでもない。
 檀信徒一人一人のものであり、みんなのお寺でもある。総会はは、一年に一度、檀信徒一戸に一人でいい。参加され意見考えを述べる場でもあろう。
 『決して、主の集まる場ではない』
 人間は、凡夫愚鈍の身である。懺悔(省みて、励む)の心を持つ大切さを喚起して頂くことを切望するしかない

家松人語 平成14年5月号 第81号 

大徳寺は長い歴史と伝統を持つ寺である。その記録からみると華々しい時代や住職も苦労を重ねられた時もあった。住職問題で当山の難題で頭を痛めて頂いた当時の宗務総長が、今の清浄華院八十世大田台下である。
 そのご縁で、今年浄山の御忌大会に御代理導師・初讃導師を住職が拝命された。大徳寺住職では初めての事である。当山の檀信徒は、予想に反し少なかったが、参詣された人達には、熱い感動と深い感銘を受けられたことと思う。古式による法要と多数の寺院随喜の豪華さは、絵巻物をみる思いであったと感想を述べてられる人もいた。
 住職にとっては光栄なことでもあり、檀信徒にとっても栄誉なことでもある。
 浄土宗僧侶は数万人いる。その中で拝命されることは、余程のことだ。
 ある人が「方丈、余り偉くならんといてや。檀家も困るで。」とは、ある会での話。一抹の寂しさも感じるが、大徳寺檀信徒には、数十年の苦労も今まさに、全国に春芽が芽生えた喜びを噛みしめて頂くことも出来たのではと考えると法悦であろう。総代様始めご詠歌講、雅楽部の人など参加して頂いた方に心からお礼申し上げたい。
 これを機に、理を抜きにして、愚鈍の身になして、お念仏の相続に邁進し、法然上人のご恩報謝のために、命ある限り「ともいき」『もちつもたれつ』(相依相成)で精進させて頂かねばと考える。定期総会も間近、大徳寺の護持運営に関する建設的なご意見も拝聴したい。如何なものか。

家松人語 平成14年4月号 第80号 

早いもので、四月を迎え新しい年度が始まる。大徳寺檀信徒の皆様と共に当山をお護りして八年目に入る。
 今年は、桜が早く咲き始めた。
 例年に比べて、十日は早い気がする。
 今年の冬も雪も少なかった精かもしれない。
 しかし、気候の違いがあるにしろ、毎年、この時期大徳寺の境内に訪れるウグイスのすばらしい声で春の訪れを知りホッと心を慰めてくれる。都会では味わえない大徳寺の境内である。
 日によっては、午後の三時すぎまでその声を聞くこともできるのである。
 今年も、大徳寺にとっては、忙しく行事に追われる年になりそうだ。
 来る、四月二十四日大本山清浄華院御忌大会(ぎょきだいえ)にご奉仕する御代理導師。
 また、秋、十月十日から七日間の五重相伝会。七年ぶりのことである。
 それらの準備等大変な日々が続く。
 これらの諸行事は、檀信徒の皆様のご協力があればこそで、住職一人あがいても出来るものではない。
 お釈迦様が、人としてこの世に生をうけて、互いの「ともいき」は『もちつもたれつ』(相依相成)であるといわれた。人間は、我執に迷い悩み、「我が、我が」と一人よがりをしてしまうものだ。そうでないことに気付かねばなるまい。
 『行雲流水』という諺がある。
 年度の始めにあたり、ものごとにこだわらず、執着もせず、ことの成り行きに従って行動し、実行して行く姿勢で臨みたいと考える。

家松人語 平成14年3月号 第79号 

先日NHKのテレビ放映で心をうたれる感動を覚えた。桜井哲夫さん(本名 長嶺利造氏)の病気との闘いの記録であった。十六歳の時ハンセン病(昔はライ病といわれ伝染する不治の病として隔離された病気)に犯され津軽の地より故郷を離れられたのであった。
 その時に今は亡きお父さんが「利、天の職として一人で病気と闘え」と言われた言葉が忘れられないと言う。
 この病気で苦しんでこられた多くの人は、自分の本性も明かす事ができず今を迎えておられる方もいると聞く。
 人としてこの世に生を受け、何の災いか病気に冒され隔離されつつ一生を終えた人も多くあったとも聞く。
 両親も実兄もすでに亡くなり甥の嫁「きね」さんが里帰りを勧められ六十一年ぶりに故郷津軽の土を踏まれたのであった。顔は少年の頃の面影はなく病による跡で心の傷跡だけでなく外傷も生々しいものであった。
 幼き時の友であった現在の町長が愛撫してその友を懐かしみ歓迎された光景はジーンと心が打たれた。
 家族親戚皆が心から打ち解け歓迎されていた。家族で奥入瀬に行かれた時、哲夫さんは「この水が飲みたかった」と感動されていた。きねさんやその子供たちは「今度帰る時は、ちゃんと名前を名乗ってきて」の言葉になんともいえない感銘を受けた。口にはだせない苦しみの中で、差別に悩まされる人も多いと思う。『如来の慈光は平等に摂取して捨て給わず』である。
 皆平等で幸せでありたいと願おう。

家松人語 平成14年2月号 第78号 

年末に、五十六年の火災から難を逃れ、水や煙りが被って泥のそのままの古い記録を整理してみた。明治政府になって、大寺の門末関係は廃止されたのだが当時大徳寺の数多くの末寺の記録である。延享三年(一七四六)三月に記されたものである。それによると、森村の西明寺・天王町真福寺・田町松元寺・小坂町真徳寺・前野市場村長泉寺・杉谷村勢田寺・杉谷村歓谷山神護院金蔵寺(?)・磯尾村西蔵寺・北脇村栄照寺・塩野村長楽寺・徳原村長圓寺と勢田寺末寺市瀬村瑞光山松安寺(?)の十二ヶ寺が全て押印されているものである。時代の変遷であろうが現在では、法類として登記しているのは、西明寺・真福寺・栄照寺の三ヶ寺のみで寂しい限りである。
 今年からみて、丁度二五六年前の貴重な記録といえるであろう。
 大徳寺に末寺があり、弟子も多くいた時代の隆盛さが伺いとれる。
 恐らく弟子が、その末寺を継承したものと推定されるが、その寺の住職も変わり、その末寺の法類も血縁や隣寺などの結びつきが深く、大徳寺との縁は薄れたものであろう。
 二十世賢海上人が、弟子村井正雄師に岡屋の吉祥寺も継承させたが、今はその縁も大徳寺としてなくなったことも記しておく。
 どの寺も少子化で弟子の育成の悩みを抱えている。
 先徳の努力に報いるためにも、何とかして大徳寺との法縁を結ぶ尽力にも傾注してみたいとの夢を抱いている。

家松人語 平成14年1月号 第77号 

『門松や 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』の句は一休禅師が詠んだ歌である。
 お正月を迎えるたびに思い返すのは昨年は、悔いのない日々の生活を送ってきただろうか。また、今年は充実した生活を送るのにどうすればと色々と考えを巡らす人も多いと思う。
 「早く来い来いお正月」と待ちわびた幼き頃を懐かしむ歳ともなれば、あれこれ思う正月は大変なことだ。
 一休禅師は、門松を見ては、冥土へ近づく一里塚と例えている。門松を立てるごとに、年を重ねるから、冥土に近づくしるしと見ていたのであろう。丁度あと十年先には、元祖法然上人の八百年の御遠忌を迎える。
 その大事業を控え、総本山や大本山、浄土宗としても、その計画案が具現化されてくることであろう。当山にとっても同じ事が言える。そこ迄も寿命が保つかどうかと心配する人もいる。
 全てあなたまかせの身である。
 お釈迦さまは、「人界に生を受けるはまれな事、何時、冥土へ参ろうと、それまではしっかりと精進すべし」と諭されたのである。
 今年当山では、この秋に五重相伝の開筵される。檀信徒の皆様と共に、愚鈍の身になって、家松の山内に『声高らかな、お念仏の花』を咲かせてみたいと望んでいる。この初夢を叶えるべく皆様のご協力をお願いしたい。合掌

©2021 by 家松山 大徳寺。Wix.com で作成されました。

bottom of page