top of page

家松人語 平成17年

当山第廿五世眞誉昌之上人が、寺報「家松(かしょう)」に毎月掲載したものです。

家松人語 平成17年12月号 第124号 

早いもので、師走を迎える事となった。最近特に忙しい日々を送り、心のゆとりを亡くしているせいか、1週間、1ヶ月があっという間に過ぎ去ってしまい年の瀬である。

 この時期を迎えると毎年のことだが心の反省とともに、気がせくばかりである。また、今年も多くの仕事を積み残してきたと自省するのみである。以前に総代さんが「方丈さん、今までは気にしなかったが古稀を迎えた途端に体に偏重をみて、その衰えを日に日に感ずるようになった。」と話しをされていたことを思い出した。先月、私も初めてこのことを実感した。10月には五重の勧誡等いろんな事が重なり、11月に入りお葬式もあり、群馬へ巡教、帰り休む間もなく寺務に追われ、鹿児島に出向き、その翌日には、役職の重要な会議が続き、身ごと風邪をこじらせて5日間、医者の外室禁止命令をうけ点滴を受ける身となった。

 その会議の最中に、私の主治医から直々に家内に電話が入り、すぐ病院に来るようにとの事であった。

 家内には、用事を終えてから病院に行くと返事をしておいたのだが、家内もこれではいかんと考えたのか、奥の手を使って、可愛がっている孫に電話をさせてきた。いかなこと孫の話に参って程々にして帰宅したのだが。医者から「ほって置いたら命取りとなる。」ときつく戒められた。お陰で元気になった。無理の出来ない歳とはこのことか。

家松人語 平成17年11月号 第123号 

さる10月29日より11月4日の予定で京都古文化協会主催の秋期非公開展示会が、京都の由緒あるお寺などで開催された。筆者がお預かりしている浄土宗大本山清浄華院も参加した。重文となっている『不動明王の泣き不動絵巻』をいつも保管をお願いしている京都博物館より一時お帰り頂き展示を初めて試みた。

 筆者にとっても初めて鑑賞したのだが、さすがにすばらしいものであった。悪人の罪をかぶり不動明王様が地獄におちる寸前に、悪人の罪をかぶり閻魔さまに見抜かれ、極楽に往生する姿がかかれ、泣き伏す不動明王様が描かれている。『泣き不動絵巻』と伝えられている。

 本山ではその絵を「身代わり不動のお守り」としてお分けしている。

 病気安穏、交通安全、厄除けなどいろんな方面のお守りとして多くの方におもち頂いているという。

 ある大阪の浄土宗の住職から「このお守りを病気の方にお渡し、あげたらその方は病気が平癒した。と喜んでおられた。」との話であった。

 迷信だと疑う心の多い人々の昨今、「病は気から」の言葉のごとく、凡夫の我々は、疑う心(疑心)をもって日常生活を送っているのだが、素直な心(至誠心)になり、必ず、西方極楽浄土に生まれ行くのだと(往生)思う心(回向発願心)をもち続けてお念仏精進に勤めることが大切なことであるまいか。あと僅かでこの1年も終わる。

家松人語 平成17年10月号 第122号 

暑さ寒さも彼岸までとは、よく言われた言葉である。この夏も随分と猛夏にみまわれた。しかし、彼岸を迎え朝夕めっきりと過ごしやすくなった。

 この水口の地は、有り難いことに台風の被害もなく穏やかな日々が続いている。

 先日、テレビでマンションにおける「孤独死」が多いと放映されていた。しかも、老人でなく比較的若い人の死とのことであった。年齢的には40才すぎから60才までの人が特に多いとのことであった。

 大徳寺の檀信徒の方でも最近孤独死ではないが、突然亡くなっていかれた方があった。57才の方は、病気で伏しておられた人で朝、奥さんが寝床をのぞかれた時は、静かに眠っておられる様子であまり気に咎めることがなかったとの事であった。しばらくして、余りにも遅いので、お婆さんが、孫に見に行くようにいわれ息子さんが寝床にいかれたらもう亡くなっておられたという。

 9月の始めに、「息子が、34才で亡くなったので法名をお願いしたいとのこと。音楽が好きで、友とバンドを組み、気の優しい子であった。」と訃報が寄せられた。

 共に、これからの人生という時、「無常」のさまを、我が身のものと受け止めて、日々の生活に悔いのない人生を送り続けていきたいものだ。

家松人語 平成17年9月号 第121号 

お盆、お墓回向の8月9日午後3時すぎ訃報の電話がとびこんできた。

 浄土宗の若手大布教師、京都伏見、大善寺の前住職羽田恵三上人の遷化の知らせであった。羽田上人とは百万遍知恩寺の布教師会創設からの友で、弟同然に長い交友を暖めてきた仲であった。

 若かったが布教師として絶大な信頼もし、支援もしてきた一人である。

 そのご縁で真福寺や大徳寺の五重相伝の勧誡をその都度お願いしてきた。大徳寺の五重作礼会に毎年お招きし昨年の6月が最後となった。

 それが終わり7月に持病の検査入院とのことで検査を受けられ退院間際に『腎臓癌』で3ヶ月の命と告知されたと本人から聞いたのであった。

 この話はちょうど1年前である。「羽田さん、この病気は気力での戦いだ。頑張ってくれ」と感涙に咽びながら話し合ったことを覚えている。自分の告知より1ヶ月後に、奥さんの癌も判明した。その奥さんもこの5月に他界されている。

 7月の下旬自坊に病体をおして帰られ、何時も指導されてきた若い布教師の塾生を前に『あなた達は若いから信じないかも知れないが、この病気との戦い、余世短い自分には、阿弥陀仏は現にましますことを信じ、その元に帰ります』と涙ながら話されたのが最後であったと聞き、上人の人徳を偲ばせて頂いた。世寿59歳であった。浄土での再会を約束し追福の誠を捧げたい。南無阿弥陀仏

家松人語 平成17年8月号 第120号 

「お盆」月です。祖父母や父母・兄弟姉妹など、今は亡き方たちを偲び懐かしく思い抱くのがこの月です。お盆のことを「精霊まつり」ともいっているのはこのことでしょう。

 お盆には、諸精霊をお迎えする『迎え火』やお送りする『送り火』の習慣が昔よりありましたが、最近これをおこなっておられる檀徒さんも少なくなってしまいました。

 亡くなって出棺するとき、藁で燃やして送るのも『送り火』です。

 京都での大文字山の送り火は有名で、なんともいえない幻想絵図を伺うことができます。大徳寺では、このような送り火はできませんが、8月15日夜に『送り火灯籠』を境内に設置して、精霊送りをしようと企画しております。

 またお盆は、ご先祖様だけでなく有縁無縁すべての方々にご供養することも忘れてはなりません。

 その為にも、「お盆」は孫たちも含め家族で、お墓やお仏壇のお掃除をなし、精霊棚を設けて真心をこめて、亡くなった人の好物をお供えし供養するものです。

 お寺では、お施餓鬼会などお盆では、六如来を称え、ご回願します。

 その一つに『南無妙色身如来』の偈文があります。『餓鬼のような醜い、嫌らしい姿から美しい姿に導いて下さい』と願うものです。物おじしない豊かな、心身ともに清らかな慈悲円満の力強さが与えられます。

 ご先祖様に皆で供養しましょう。

家松人語 平成17年7月号 第119号 

先日、ごく親しい友人夫婦たちと武生の天台宗真盛派の本山引接寺と浄土宗の北陸別格本山といわれる正覚寺を皆で参詣した。この2ヶ寺のご住職とは親しい関係で、私が案内した。

 由緒ある歴史と伝統をもつ2ヶ寺とあって、すばらしい伽藍などを備え、皆は感激していた。昼食は正覚寺住職のおもてなしで武生名物「おろし蕎麦」を頂いた。

 何とも言えない美味しいソバであったと皆から好評であった。その帰路のことである。八日市インターの間近かで、我々のバスを1台のライトバンのワゴン車が追い越し、バスの手前に路線を変更した瞬間のできごとである。

 タイヤから白い煙がでたと同時に横転、二三回回転して、反対路線で横倒しとなって止まった。あっという間の事故で、皆始めての体験で驚いた。

 前面のフロントガラスは枠口飛び散り、車内の物は外へ飛び散る。映画を見ているような光景であった。助手席におられた人が前の窓からでてこられ、暫くして運転手もふらつきながら出てこられた。幸い外傷はないようで、一命を取りとめられた様子でみなは安心した。どうも後輪のパンクが原因のようであった。事故は、一瞬にして起こると言われるが、安全運転に心掛けていても、何時どこで災難に遭うかを目の当たりにした。幸い冷静な我々のバスの運転手のお陰で事なきを得たが事故車に追突したり、後車に玉突きされる事もある。念仏相続の大切さを新たに噛み締めたのである。

家松人語 平成17年6月号 第118号 

小学生五年生のある母親からこんな相談を受けたことがあった。担任の先生が家庭訪問され「K君が友達二人でこっそりタバコを吸っていたので指導した」とのこと。話を聞くと小学校三年生の時、友達の家で、その友達の母が吸っていたタバコがあり、一本吸ったのが始めてで、以後三回も指導されたとの事。親として困っての相談であった。禁煙が盛んに言われている昨今。低年化非行傾向とよく言われる事だがここまで来ているのか少し驚いた。

 私が喫煙を始めたのは大学の三回生の時、檀徒のお爺さんが寺によく来られて、話をしている最中、実に美味しそうにタバコを吹かしその匂いの良さがなんともいえず、つい手を出したのが始まりであった。

 子供は、大人や親の背をみて真似るともいわれる。可愛い孫のいる私にとって、その母親の相談から反省させられる気持ちとなった。

 さて、この二日から毎年、清浄華院の本山で助教師養成講座が一四日間行われる。住職の資格を取るものでなく、あくまで住職の仕事をお手伝いできる資格を得る行である。今年は、男の方を含め七人が受講される。「行」「学」一体の修行である。年齢は様々で真剣そのものである。心の豊かさが欠如されつつある今日。大徳寺の檀信徒の方も進んで、この講座に参加され心の眼を開き、濁世を正すパイオニアになって頂く。今やこのような人材育成が日本には必要な時期ではないかと痛感している。

家松人語 平成17年5月号 第117号 

4月の後半から真夏を覚えるような暑い日が続いた。さわやかな春ひよりがなく夏の訪れさえ感じさせた。

 『浄青・滋賀』の広報紙にこんな記事が載っていたので紹介したい。高齢化社会となり、人生80年というものの、そのうち3分の1、約27年は眠っているそうである。また10年は食事に要する時間。5年は排泄に使うという。これらを足すと42年。つまり私たちは睡眠、食事、排泄という、必要不可欠な物事に人生の半分を使い、その他に自分が使える時間は約半分の38年しかないというのだ。しかもこの中には学校や仕事の時間も含まれている。ならば、本当に自分が使える時間といえば、ごくわずかな時間、まさに「余生」という言葉を連想せずにおられない。「余生」といえば本当に寂しい生き方に思えてしまう。ならば同じ「よせい」でもこれを「与生」と考えてみてはどうか。と記載されていた。なるほどと思った。

 本当に自分で使える時間はごく僅かである。80まで生きたら大往生といっても自分の時間は僅か。尊いご先祖親のご恩をうけての人生だ。この「与生」をお念仏の中で精一杯生かさせて頂く、これこそが阿弥陀様のお望みであろうとも述べられていた。

 急に暑くなり、満腹感ともなると遂に睡魔に襲われてくる。「もう余生幾許もない」と思わず、「与生」の生き方を真剣に考えて欲しいと願うものである。

家松人語 平成17年4月号 第116号 

いよいよ、新年度が始まる。毎年の事だが、大徳寺の護持運営もこういう方向性で歩みたいと希望をもつのだが毎年うまく行かないで1年が終わる。

 いよいよ6年先に迫った法然上人の800年大遠忌を迎えるに当たって、記念事業企画委員会でご検討頂いた計画の説明会を開催し、ご理解頂きながらその目的完遂に向かって歩みはじめることとなっている。檀信徒の皆様方のご理解とご協力を是非お願い致したい。

 忙しさ紛れながらも、精一杯寺報「かしょう」を毎月発行している。先日も「そんなの載っておった?知らんかった。ちっとも読んでへん」とある人の話である。ちょっとがっかりした。家族で回し読みまでいかなくとも、食事時にでも寺報の記事の主なるものを話題にして頂ければと思っている。

 3月の年度末となると毎年ながら青年会など役員改選が話題となる。内の組は会員が少なく役を引き受けてもらえない。檀信徒とは、尊いご先祖の法縁で結ばれた大徳寺とのご縁である。遠方におられる方は別として、在住されておられる青年、婦人の方は、是非会員としてご加入頂き「同入和合」の気持ちで青年会・婦人会の催しには積極的にご参加を願いたいものだ。年に最大3回お寺に足を運んで頂けばよいのだが。

 こんな抱負を抱きながら歩みたいと思っている。住職のあわい夢の実現には皆様のご協力とご理解とが何よりと考えているのだが、いかがか。

家松人語 平成17年3月号 第115号 

先日檀徒さんの亡父の年回での話である。ご親戚と食事を共にし教育の問題が話題となった。「子供が少ないせいか、大事にし過ぎて過保護となっているのでは」などの話となった。学校や家庭の教育の問題へと波及した。

 その人は、終戦を朝鮮で迎えられ、日本に帰国してお戻りになった人である。父の厳格な家庭で育ち、今思えば父の威厳が懐かしい。小さい時には友とも喧嘩もし、父によく怒られたが包容力があった。現在みたいな陰湿なイメージはなかったと懐古されていた。この寺報でも何回か取り上げたこともあるが、幼児期少年期で最も大切なのは、人間の人格形成に必要なものは、この時期での情緒面育成(善悪の躾、ルールの大切さ)なのに欠如しているものだ。

 受験戦争で、「知の育成」が先んじてしまった結果、精神的な不安にかられ情緒が安定しなくなったのではなかろうか。よく歌った童謡、戦前の「スズメの学校」と戦後の「メダカの学校」の歌詞のように家庭や学校での教育の違いを表している。人間として大切な教育の根幹は『心の教育・育て』にあると思う。その息子さんから、最後に1つ質問だけどと『縁』とは何ですかと聞かれた。「知らずして因を授かって縁が結ばれ、果と生じていくものだとお釈迦様の教えから分かり易く説明した。「因縁」「因果応報」などよく言われる。情緒面・心の育成を心掛けて「お念仏」の日暮らしに明け暮れて行く生活。そこに「因」が授かる。お彼岸を向かえて、ふと思った。

家松人語 平成17年2月号 第114号 

先日の寒波の襲来で、水口にも雪が積もった。朝から本山に出かけていった。京都までは、比較的順調な車の流れで、喜んでいたが山科に入る前から見事な渋滞に巻き込まれて往生した。前進することなく車の中の虜となった。どうも東山峠でチェーンもスノータイヤも着けずに走る無謀な運転者の精のようであった。

 当日午前十時より団体参拝の予定があったので、その心つもりで早く出てみたが、結局お昼前となってしまった。身内の危篤の連絡を受けて急いでおられる方、商用などで急いでおられる人など大勢おられるのではないかと、イライラしながら考えていた。警察官の再々ネズミ取りでスピード取り締まりも大いに結構だが、このような場合、ノーマルタイヤの人には、路面の側面で待機させ、チェーンを着けさせるなどの指導強化を発揮して頂けばもっとスムーズに走れるのではないかとも思った。

 地震災害で苦しんでおられる、山古志村では、4メートルの積雪と報じられている。自分の家屋も崩壊し、多数の人が仮設住宅住まいであるとも聞く。さぞ、飢えと寒さでお困りであろうと思うとき、多少の雪で渋滞などとイライラして困惑の愚痴をこぼすこと自体が恥ずかしいのかも知れない。この愚痴も三毒煩悩を持つ人間なる故仕方ないのかも知れない。それを戒めたお釈迦様の涅槃の月でもある。考え直したい時だ。

家松人語 平成17年1月号 第113号 

昨年は、予想だにしなかった事が私に降りかかってきた。休む暇さえ与えられず大変な1年であったと懐古している。お釈迦様のご遺跡参拝団の団長としてインドを訪問。風邪を拗れさせてインドの病院に一日入院する初めての体験。6月には、予想だにしなかった大本山清浄華院の執事長を拝命。宗議会の役職など目まぐるしい毎日を送った日々であった。でもお陰で、皆様のご支援でつつがなくその責務を果たさせて頂いた。大田清浄華院法主台下から数年前、山主に「アスラ」というニックネームを頂いた。この号で記載しているが、ひろさちや氏の本を読んで「アスラ」とは大田御前も私の性格をよく見抜かれたものだと感嘆し反省もしてきた。

 しかし、最近は阿修羅のイメージがやや陰を薄めている感を抱いている。知る人は何を。と思われるかも知れないが、「無生法忍」の境地で日々を送っている気がしてならない。

 今年は古希を迎える。親父や兄貴より衆生のさまを多く経験させてもらっている。

 古希を迎えての第三の人生、焦らず、腹立てず、「柔阿無生忍」の心豊かな歩みをこの1年成し遂げて行ければと新春を迎えて考えている。

 しかし、健康が第一であることは言うまでもない。皆様と共に『相依相成』(もちつもたれつ)、喜びの生活で今年も送りたいと願っている。

©2021 by 家松山 大徳寺。Wix.com で作成されました。

bottom of page