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家松人語 平成11年

当山第廿五世眞誉昌之上人が、寺報「家松(かしょう)」に毎月掲載したものです。

家松人語 平成11年12月号 第52号 

やがて一九九九年も終わろうとしている。かつてマラソン王の誰かが「人生はマラソンである。」と言った事を思い出す。八七六〇時間の一年のマラソンのゴールも目前にきている。
 マラソンは他者との競争というより自分自身との戦いである。人生も同じだ。
 風雨もあれば晴天もある。山もあれば谷もある。調子に乗って奢り高ぶらず、苦難にくじけず、ただ黙々と働き続けてゴールを目前にして進む。
 よい結果をもたらせた一年であっただろうか。この一年でなく、長い今までの人生のマラソンコースはどうであったか。私は、一九三六年五月二十三日が人生マラソンのスタートであった。
 六十余年黙々と走り続けてきた。
 ゴールはどこか。火葬場の門である。
 何時来るか判らない人生の門に向かって走り続けているのだ。近くにゲートがあるか、誰も知らずに走っている。もうそこに門が見えていろとしても、スピードを緩めたり、足踏みもできない。横道にそれたり、後ろ向きに走ることもできない。ただ一途に門に向かって走るのみである。門は遠くとならず近づくばかり。年を越せばなお近づく。
このマラソンコースを走っていることを「生きている」と言うのだろう。
 未だ死んでいない人の証拠である。
 この人達を「未亡(死)人」と言ってもおかしくはなかろう。
 未亡人であることを自覚して生きて行くことを仏教は教えている。この一年自覚していい足跡を残してきたか。反省して、新春を迎えたいものだ。 

家松人語 平成11年11月号 第51号 

土産店の店先には、いろんな甘露煮が売っている。確かに手頃なお土産である。
 甘露とは、神々(諸天)の常用とする飲み物のことで、これを飲むと、不老不死になるという。神薬、不死の霊薬の意で、古代インドのバラモン教では酒のことをいったらしい。
 その味が蜜のように甘いことから甘露といい、転じて陶然とさせる美味なものに対しても用い、酒のこともいうようになった。また、天の酒、天から降る甘い露とも考えられたことがあったともいう。
 天上の不死の霊薬、神々の飲む酒、飲めば不死を得、光となり、神となるといわれる、まことに結構なものであるのが甘露である。
 この観念は、仏教にも取り入れられて甘い霊液とみなされた。苦悩をいやし、長命ならしめ、死者をよみがえらせるといい、最高の滋味に例えられる。
 『華厳経』や『無量寿経』には、味が甘く、飲むと死ぬことがないといわれるところから「仏の教え」にたとえ『維摩経』などには、原語の死せざるの意味から、「不死・永遠の生」を意味した。また、転じて『七処三観経』などには、「最大の境地」「さとり」「まことのみち」という意味で用いるようになり『仏所行讃』には、「渇した時に、やっと手に入った水」をいう。
 仏教語として、仏法の声を『甘露鼓(かんろく)』、美味なものを『甘露醍醐』、釈尊の教えを『甘露の法門』、絶妙な境地を『甘露味』など多くの熟語を成している。 

家松人語 平成11年10月号 第50号 

 今月は、十夜法要会を迎える。
 秋の取り入れが終わる十月の中頃から十一月に執り行う浄土宗だけの大法要会である。「十夜法要」「十夜講」「十夜念仏」ともいい、十日十夜にわたる法会である。最近は、どの寺も簡略化され、一日もしくは半日になってしまっている。参詣者も少ないというのもその理由の一つかもしれない。
 大徳寺では、十夜法要だけではその夜(毎年十月十五日)に行っていたものだが、知らずして午後の法要になってしまっている。
 この法会は、今から五百五十年前に、平貞国が、京都の真如堂で修したのが始まりで、その後、明応四年(一四九五)に、鎌倉の大本山光明寺の第八世祐崇上人が後土御門天皇に招かれ、宮中で『阿弥陀経』の講義をされ、真如堂の僧とともに『引声(いんぜい)念仏』を修したのが浄土宗での始まりである。
 「無量寿経」の巻下に『この世で十日十夜の善行を行うことは、かの仏国土で千年の間、善行を行うよりも尊い」と説かれている。
 お十夜は、お念仏の尊さを知り、仏の国での千年の善行にも勝る善を、この世で積み重ねることが大切ことである。
 この世での善行は、決して難しいことではない。
 「一文不知の愚鈍の身になって、ただ一向にお念仏」を声高らかに申し続けることにあるのだ。これこそ、「仏の願に順ずるが故」である。

家松人語 平成11年9月号 第49号 

お盆行事を過ぎて、秋彼岸を迎える月となった。参詣になった方で、仏法は難しくて分からないという人がいた。
 多くの人は、仏法を現実の生活に合わせてしまっている人が多いが、真の仏法は、現実の生活で自分を謙虚に省みて、間違っていないかを仏法に照らし、正して日常生活に安心(あんじん)〔素直な気持ちで、仏の教えを信じ、必ず極楽に生まれ往くことを欣求する〕を得ていくものである。
 人を織物に例えると、タテ糸となる本来人(無我)とヨコ糸を織りなす識神(自我)で模様を描いていくようなものだ。
 本来人とは仏性をもつ仏法(正法)であり、識神とは世法のことである。
 仏法と世法はその価値判断が違うものであり、安心(あんじん)を得るためには、一度、世法の自我を捨て去ることが大切だ。
 自我を本来人だと間違って認識している人が多いのではないか。
 お釈迦様の説かれたお経は、全て真実であり、その真理を説かれたもので、お互いの心中にあり、言葉で表現できないものの教えである。
 その心中に仏性が存在する。
 では、人間として支えとする心の経とは何であるのか。
 それは本来人(人間)が日常生活の中で見聞きする自然の姿そのものであり、感謝しつつ生き生かされる喜びを味わい、日々に励む(精進)ことが仏法であり、お釈迦様の教えである。
 その中で大み親阿弥陀さまの慈光にみ守られることとなるのである。

家松人語 平成11年8月号 第48号 

去る六月二十九日、東京・芝公園のホテルで、浄土宗の主催による、選択本願念仏集奉戴八百年記念『ご門主・ご法主が語る二十一世紀の教化』が開催された。
 中村康隆浄土門主・総本山知恩院門跡をはじめ、藤堂恭俊増上寺、坪井俊映金戒光明寺、大野忍敬百万辺知恩寺、江藤澄賢清浄華院、民谷隆誠善導寺、戸松啓真光明寺、鷹司誓玉善光寺大本願の大本山の法主の各門法主が、それぞれの立場から二十一世紀の教化について、示唆に富む提案をされた。一堂に会しての催しは、浄土宗にとって空前のことである。これを逸してはと、夜行バスの日帰りで住職も参加した。疲れもなんのその、大いなる感銘をうけお念仏の相続教化に邁進しなければと決意を新たにして帰った。
 早いものでお盆月、五年目を迎える。
 今、現世におられる自分の存在は一体何故なのか。大切な父母もこの世にはいない。生前には、われわれを育てはぐくむのに大変な苦労を重ねてくれたものと思う。いったい誰のためにそんな苦労をしたのでしょうか。結局、現世に残るわれわれのための苦労であったに違いない。
 「迎え火や 父の面影 母の顔」
 お盆になり、迎え火を赤々と焚くと、父や母が私の目の前にいる気がしてならない。今の私にとって、お盆とはほろ苦い後悔の味とともに、両親の懐かしさが感じられる時でなかろうか。
 今の幸せを感謝し、ご先祖の供養を通じて、親から子、子から孫へと命のつながりを改めて考え大切にしていきたい時がお盆でもある。 

家松人語 平成11年7月号 第47号 

去る六月十五日に大本山百萬遍知恩寺で「夏の集い」が開催された。今年で第四回目である。今回は、チベット出身の声楽家バイマーヤンジンさんの講演が行われた。
 彼女は、七歳の時からチベット民謡と舞踊を始め、国立四川音楽大学声楽学部で西洋オペラを専攻し卒業されている。
 大学時代に日本人の彼と出会い結婚され現在、吹田市に住まいされている。
 中華人民共和国チベット自治区を北に挟まれた四千米の高原地帯である。仏教国でもある。
 人口は二三〇万人であるが、日本に比べ莫大な国土がある。多くの人は遊牧生活で、大家族を共にする生活を営む。文化も食生活も日本とは大きな違いがあり、当初は大きな戸惑いもあったという。
 日本の親の威厳の問題、青少年の意思・考え方の問題など現在の日本の嘆くべき点もずばり指摘された。
 同じ仏教徒の国民であるが、あまりお寺に足を運ぶことが日本では少ないという。
 日本では、殆どが火葬であるが、チベットでは、鳥葬が主で、年齢や信心の深さにより、水葬・風葬もあるという。
 川の魚は神聖なものとして口にはしないという。電灯もない貧しい国ではあるが子供達は、将来を目指して励み、仏のみ力により、人間として生を得させてくれた大切な親は絶対的なものであり、何よりも尊敬するという。今の日本で忘れられつつある一つの示唆を与えられた気がした。有意義な集いであった。 

家松人語 平成11年6月号 第46号 

 日本に仏教が伝来して六百年が経過した平安末期の頃、日本の国の内外が混沌とし、その動乱によって民衆が日々不安を感じ、迷いと苦しみの生活を送っていた時代があった。
 そんな時に法然上人が出現され、お念仏の本願による救済の道をお示し下されたのである。
 以来、八百有余年、浄土宗吉水の流れは連綿として益々盛んに、全国津々浦々に至るまでお念仏の輪が広まっていったのである。
 その法然上人のご誕生からご入滅までの御遺跡地は、全国に二十五ヶ寺ある。
 われわれ浄土宗徒は、これを『元祖法然上人御遺跡二十五霊場』とよんでいる。
 このたび、平成七年度に開莚された五重相伝の受者有志の方たちの呼び掛けで、法然上人二十五霊場巡りの参拝がこのたび企画された。喜ばしいことである。
 過去には、平成二年にこの企画が実施されたこともあり、大徳寺にとっては十年振りのことであろう。
 お念仏の元祖法然上人の御辛苦を偲び、御遺跡地二十五霊場を巡拝し、法然上人のお遺徳の顕彰と益々の念仏弘通、霊場ご詠歌の奉唱の普及を願って、大徳寺檀信徒の皆様と共に参拝し、満願成就を成したいものと思っている。

 『月影の 至らぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ』
       (京都愛宕山月輪寺)

  南無阿弥陀仏           合掌 

家松人語 平成11年5月号 第45号 

去る四月十九日から、七日間、総本山知恩院で法然上人の御忌(ぎょき)法要厳粛に執り行われた。その内の三日間、大殿の布教や法要の随喜に出席させて頂いた。
 御忌法要前に、従来の寺務棟が新築され日本様式の三階建ての一・二階に移転、前の寺務室は『月光殿』と命名され、参詣者用の集会堂になっていた。
 大きな三つの部屋に区切られ、襖、畳も新調、新しい畳の香りが素晴らしかった。その大広間に、中村門主からの寄贈である、「法蔵菩薩」が、四十八の願いをたてられ「阿弥陀如来」となられる瞬時の掛軸がお祭りされていた。
 浄土三部経の「無量寿経」にこのことはあるのだが、絵図で表されているのは初めてで感銘した。
 『菩薩』さまは、『如来や仏』となる前に修行を重ねておられる時代の方である。まさに今年は、法然上人がお亡くなりになって七八七年、七八八回忌の年回御忌を迎えたこととなる。
 お釈迦さまのみ教えには、色々な仏道に励む道もあるが、法然上人は『ただ一向に念仏すべし。仏の本願に順ずるが故に』とお示し下されたのである。
 口に唱え、声とともにお念仏を申し続けることこそ、やがてお浄土に生まれ往く仏道精進の道であり、現世における人としての『菩薩行』でもあることを忘れてはなるまい。
 「ボタン桜」の咲き誇る知恩院での御忌も終わり、大徳寺で迎える御忌は、十七日。
 共にお念仏を唱え、菩薩行に励む一日としたいものである。 

家松人語 平成11年4月号 第44号 

はや四月を迎えることとなった。
 四月といえば、長い寒さから開放され春の陽射しとともに、桜咲くあのあざやかな淡い色に、皆うっとりと酔いしれてしまう。花の命は短い。先月の天候不順を考えると、少し心配になる。これもまた、無常の表れであろう。
 さて、もう一つは入学式である。
 将来を大きく羽ばたいて欲しい、しっかりと学びとって欲しいとの皆の願いで入学していく子供たち。ピカピカの小学一年生。苦労を重ね、受験勉強に打ち勝ち合格を得て、入学をする高校生や大学生。全ての者がみな期待を寄せている将来の大きな人材である。
 ところが、若い親たちが入学式に参加するのは大いに結構なことであるが、その時の態度が何とも気になって仕方がない。確かに、きちんと身を整え、頭を綺麗にセットし、金髪の人、化粧も綺麗にしているものの、先生が話をされている式のとき、隣の人とよく喋る人、ガムを噛みつついる人、平気でコンパクトを出して化粧をし直すなど身に余る態度が、私もよく見聞したことだが気になることが多い。一体、どういう気持ちで出席されているのか疑いたくなることが多くあったことを思い出す。
 青少年たちの非行も、現在悩みの種である。子は親の背中を見て育つという。
 今、皆が人としての心を失いつつある。
 もう一度、子をもつ親として考えてみる時ではなかろうか。

家松人語 平成11年3月号 第43号 

ある雑誌に、世界中で知られる民話の「うさぎとかめ」の話があったので紹介したい。何ともカッコ悪い兎の話だが。
 日本では、兎は途中居眠りをして負けてしまうという、何とも間抜けものだ。
 フランスでは、プライドがある故、一緒にスタートをきらず、亀がゴールに近づいたことを聞き走り出すが、一瞬間に合わず負けてしまうという愚かものだ。
 イランでは、兄弟の亀にだまされ、あらかじめそっくりの弟がゴール近くに隠れていて、兎は一生懸命走るも負けてしまう。
 カメルーンではもっとひどい。亀は前もって、一族友人に頼んでコースに間隔を置いて隠れてもらい、兎が走りながら亀に呼びかけるとそれぞれ返事をするようにしておいた。兎はしばらく走り亀を呼ぶと、すぐ後ろから返事が返ってくる。兎はびっくりして走り、また呼びかけるとすぐ後ろからある。兎は何が何だか分からず猛スピードで走り続ける。そんなことを繰り返しつつ、ゴール手前で心臓麻痺で死んでしまうという何ともかわいそうな話だ。
 この民話での兎は潜在的に能力のある強者であり、亀は能力のない弱者だが、努力と知力、連帯力でそれを見事に上回ることを証明している。日本人は、自分は亀で、兎の思い上がり驕慢な心を責めて終りだが、他国では、自分が兎という感覚が強く、馬鹿な競争はしない、力があっても騙されることがあると子供達に教えている気がする。日本社会は、確かに豊かになったが、競争心の蔓延で心はすさんでしまった。反省の月、彼岸だ。

家松人語 平成11年2月号 第42号 

雪やコンコン、霰(あられ)やコンコン、降っても降っても、まだ降りやまぬ、犬は喜び庭かけめぐり、猫は炬燵(こたつ)で丸くなる。
 懐かしい歌である。日本では、一番寒さが厳しい月でもある。空はうす黒く太陽の光を求めたくなるのもこの月だ。
 仏様が私たち衆生をお救い下さるお力をよく「光」で表す。多くの仏様のなかでもこのお力が最高である阿弥陀様は「無量光如来」とも呼ばれます。
 量り知れない救いのみ光は何も遮ることができません。そこで「無礙(むげ)光如来」ともお呼びします。
 法然上人のお歌に 『さえられぬ 光りもあるを おしなべて へだてかほなる あさかすみかな』 と詠まれています。
 「春の朝、太陽の光さえ隠してしまいそうな濃い霞のなかで、遮ることのできない阿弥陀様のみ光に照らされている自分を有り難く実感した。」と詠まれたお歌であろう。
 お念仏を称える人々は、目には見えませんが阿弥陀様のみ光に包まれ見守って頂いているのです。
 寒い寒いと猫みたいに炬燵から離れずにボーっとしているだけでなく、また毎日の生活に追われ、気が付かないことも多いだろうが、お陰様の心を大切にお念仏中心の生活を送り、寒さを吹き飛ばして頂きたいと願うのである。

家松人語 平成11年1月号 第41号 

昨年は、向井千秋さんが宇宙にいかれて帰って来られた。日本人では二度目の宇宙飛行であった。
 「無重力の宇宙から、地球に帰還して、一枚の紙が重かったことに驚いた。そして私たちが地上で寝たり起きたり跳んだりはねたり自由自在に暮らせるのも目に見えないこの地球の引力、重力のおかげ。本当にありがたいことだ」と。帰ってきて述べられている。
 広大な宇宙に星々が存在することも、そして私たちがこの無限の時の流れと、悠久の空間の広がりの交差する一点に立って存在することが出来ているのも、天地の力に支えられているからなのです。
 しかも私たちは、天地の力を生きる生命の糧として頂いているのだ。
 その天地の不思議なメカニズムの中に私たちはもちつもたれつで生かされているのだ。
 この不思議さを思うと本当に生かされているなと感じとれる。
 天地一切を生かす阿弥陀様の尊い本願力、無量寿・無量光の働き軽んじない命の働き、全てを育てようとする光の働き。これによって私たちは生かされているのに気付かねばならない。
 そのことをつくづく感じて、仏様のみ名を呼び、おすがりして生きていく一年でありたいと思う。
 法然上人は『ただ、一向に念仏すべし』といわれている。
 これを信じて、お念仏の生活で精進(はげんで)いきたい。
 皆様のご多幸を祈る。 

©2021 by 家松山 大徳寺。Wix.com で作成されました。

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